★★★★  黒いスーツを着た男 (Trois Mondes/2012)
邦題からはカッコいい男を想像するが、話はカッコ悪い男の話。悪気なくひとを轢いてしまったが、逃げたことで良心の呵責に悩む。が、モラルや良心のレベルではなく、カネのためなら何でもする人間の世界、そういう世界に這いあがったがそこには居座れない人間の世界、そういう世界の食いものになり、使い捨てされる人間の世界――こうした「三つの世界」(原題=Trois Mondes)が、パリのヴィヴィッドな都市映像とともにリアルに、最後にちょっとだけの希望を暗示して描かれる。

★★★★★  素敵な相棒 フランクじいさんとロボットヘルパー (Robot & Frank/2012)
認知症の老人がロボットで記憶を取り戻す話だが、そのあいだに彼の盗癖問題、ロボットは人間の友になりえるかという問題がはさまる。アメリカでも、息子や娘は、老化した親の問題で苦労しているのだなという印象。掃除ロボットの普及ぶりをみると、ヘルパーロボットの普及は十分予想できる。そのとき、この映画のなかのようなことは起こり得るだろう。ロボットへの愛が生まれ、他方、人間がロボットのように記憶をいつでも消去できる存在であるかのような錯覚が習慣化し、やがてそれが「普通」になるだろう。

★★★★  熱波 (Tabu/2012)
老人の回想から浮かび上がるラブストーリーの形式を取りながら、そのミクロレベルの出来事が、ポルトガルのかつての植民地時代のけだるい、そしてアフリカを支配する上流階級の没社会意識のデカダンスな社会的気分をも照射する。標準サイズのモノクロ、最初のほうにクレジットされる音・録音担当のヴァスコ・ピメンテルの入念な音採り、知る人ぞ知るジョアナ・サ (Joana Sá) によるノスタルジックななかに実験音楽的な飛躍を宿すピアノソロ、語りと記憶の存在論的浮遊の118分――映画マニアは飽きることがない。

★★★★★  華麗なるギャツビー (The Great Gatsby/2013)
スコット・フィッツジェラルドの原作 The Great Gatsby (1925) の映画化は、1926年以来、5度目だが、この小説の有名度にくらべて、それほど成功してはいない。わたしは、フランシス・フォード・コッポラが脚本を書き、ジャック・クレイトンが監督した1974年版、 テレビ映画的なロバート・マーコウィッツ監督の2000年版を見直してみたが、どれも、中途半端の印象をぬぐえなかった。その点、今回は、映画としては一番方向性がはっきりとしているかもしれない。試写では2D字幕版を見たが、3D吹き替え版も公開されるという。今回、バズ・ラーマンは、1920年代の華麗で空虚であっけなく砕け散った時代の空気を過去の映画化よりも強調しているのだが、その結果、映画やテレビや小説から刷り込まれている<1920年代>はどこかに行ってしまった。過去は、別にノスタルジアで再把握されるわけではないから、それはそれでいいのだが、快楽と欲望が煮えたぎったパーティシーンでジャズではなくヒップホップがズンズンと響くのに接すると、なんか違うないう印象を禁じえない。旧作のギャツビーには、アメリカン・ドリームの体現者的なロマンティックな甘い雰囲気がみなぎっていたが、レオナルド・ディカプリオのギャツビーは、最近いささか〝貫禄〟がついてきたこともあり、むしろ〝悪党〟の雰囲気が感じられる。また、キャリー・マリガンが演じるデイジーは、逆に、〝可憐〟すぎて原作の自己中心的な感じが弱い。過去の映画化と比較して、今回一番弱いのは、ドラマの語り手・目撃者であるニック役にトビー・マグワイアを起用したことだろう。原作では、アメリカ中西部出身のニックという人物は、東部の上流階級あるいは成り上がりを中西部のミドルクラスの人間の目で見る(批判を感じながら憧憬し、引き込まれていく)もっと複雑な役柄で、それは、マグワイアーには向いていないように見える。

★★★★★  そしてAKIKOは・・・ モダンダンスのみならず、パフォーマンスアートや舞踏の世界でも尊敬されたアキコ・カンダのはからずも決別の記録になったこの映像のなかで、末期ガンで歩くのもままならなくなった彼女が見せる最後の公演のプロセスが胸を打つ。体ばきかなくなった晩年の大野一雄は、車椅子にのって、手を微妙に動かすだけのミニマルアートの極地を見せたが、アキコは、もう少し動けたので、両手と指はミニマルアートとは別のものとなった。そこには、最後まで《自我》があった。弟子のダンサーたちが彼女をとりまき、スモークにつつまれながら中心にいるという彼女の好きな構図がそのことを示唆する。彼女が、50年ちかく宝塚歌劇団の舞踏講師であったというのは、この記録で初めて知った。老いと死をどうむかえるかは、監督・羽田澄子の後期のテーマであるが、ここでは、カンダの早すぎる死のためにふだんとは異なる揺れがある。途中にはさまる古い記録映像はやや長すぎた。


メール: tetsuo@cinemanote.jp    シネマノート