●サイド・エフェクト(スティーヴン・ソダーバーグ)

Side Effects/2013/Steven Soderbergh       ★★★★★

◆最初、刑務所に入っている夫(チャニング・テイタム)に妻のエミリー(ルーニー・マーラー)が迎えに行くシーンから始まる。あまり深刻さはなく、すぐに彼の出所の日に刑務所に彼女が迎えに行くシーンになる。ひさかたのセックスで彼女が一瞬心そこにあらずという横顔を見せる以外は、ふたりはもどってきた生活の平穏さを楽しんでいるようにみえる。ところが、彼女は、地下の駐車場で車を壁に激突させて、いきなり自殺未遂。精神科医(ジュード・ロウ)の治療を受けることになる。彼は機械的に薬を処方するが、それが新薬で、彼はその開発とテストに関わっているらしい。エミリーは、新薬のからくりを知っているようで、素直にその薬を飲むことはしない。善良な患者になるには、出された薬をちゃんと飲むか、飲んだフリをしなければならないが、彼女はしない。

◆ソダーバーグは、すでに「インフォマント!」(2009)で、詐欺行為をやってもその自覚がない双極性障害の人物(マット・デイモン)を描いたが、脚本を書いているのは、同じスコット・Z・バーンズである。それを知らないでも、途中まで、エミリーが双極性障害で、すべてが夢遊病的な妄想で、「実際には」何も(殺人も)起こっていないかのようにも見える。いわば双極障害的に撮られた映像の<副作用>(サイド・エフェクト)である。しかし、最後まで見ると、そういうことではなく、むしろ、想像・幻想・妄想・陰謀などの境界性をあいまいにした表現スタイルなのだということがわかる。

◆精神病が、医者と製薬会社で捏造されることは、いうまでもないが、そもそも<嘘をつくことができる>ということが精神病なのだという話でもある。無実と思っていること自体にすでに罪があるというのは、カフカのテーマだが、その流れを引き継いでいるこの映画は、スティーヴン・ソダーバーグが初期の『KAFKA/迷宮の悪夢』を別の角度からとりあげなおしているともいえる。

◆素直に受け取れば、エミリーにはまえから障害があり、そのときのシーバーと医師(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)が新薬の開発に関わっており、医薬会社と登場人物との関係はまさにカフカの『審判』や『城』のように入り組んでいる。しかし、エミリーとシーバートとのあいだにレズ的愛憎関係があると知らされても、この映画は、カフカ的な陰謀と密告と支配の権力システムからただようエロティシズムはない。

◆エミリーが最後に収監され、当面だれも彼女を助けないという感じは、ありきたりに解釈したカフカの構図で、このへん、もう少しひねりがあってもよかった。

◆彼は、「サイド・エフェクト」を撮る際にエイドリアン・ラインの「危険な情事」から強い影響を受けたという。こちらは、興業的理由から、最後のシーンが撮りなおされ、ただの恐怖サスペンスになってしまったが、それでもエロトマニア症候群の典型的な女性アレックスを演じたグレン・ローズの演技は半端ではなかった。YouTubeには、最終部の別バージョンがあり、それを見ると、この作品がサスペンスというよりも、この〝病人〟の要因にまで迫っていることがわかる。
弁護士のダン(マイケル・ダグラス)は、この女性に手を出し、家庭の崩壊の危機にさらされる。彼女の論理としては、家庭の存在のほうがおかしいのであるが、社会のほうはそれを許さない。つまり、近代の核家族というものは、精神病者や犯罪者を代償にしてまもられているわけであり、「サイド・エフェクト」もそこを問題にしているが、批判でも揶揄でもなく終わらせているところが弱いといえば弱い。

◆ソダーバーグは、「サイド・エフェクト」を撮る際にエイドリアン・ラインの『危険な情事』( Fatal Attraction /1987/Adrian Lyne) から強い影響を受けたという。この作品は、グレン・ローズの迫真的な演技が話題になったが、興業的理由から、最後のシーンを、彼女が演じるエロトマニア症候群の女性のストーカー的狂気として単純化するバージョンに撮り直した。しかし、YouTubeでも見ることが出来る最初のヴァージョン(日本版のDVDはこのヴァージョンのままらしい)を見ると、もっと複雑な様相が描かれている。

◆この女性に手を出した弁護士のダン(マイケル・ダグラス)は、最初は大人のつきあいでなどと言っていた彼女の〝熱愛〟に追い詰められる。彼女は、彼の家に忍び込み、最後は彼の妻を殺そうとする。それは、恐怖のサスペンスなのだが、もとのヴァージョンは、むしろ、近代の<核家族>というものが、精神病者や犯罪者を代償にして維持されているという皮肉を暴き出している。ソダーバーグが影響を受けたとすれば、この点だろう。

◆『キネマ旬報』2013年8月上旬号、「ハック・ザ・スクリーン」29、「映画の副作用」では、もう少し活字メディア的なひねりをくわえて書いた。



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