遊星からの物体X ファーストコンタクト ★★★★★
■The Thing/2011/Matthijs van Heijningen Jr.
◆ジョン・カーペンターのThe Thing(1982)に付けられた邦題『遊星からの物体X』をよく生かしてくれた。日本では、しばしばものの継承を怠る(あるいはあえて絶つ)傾向がある。そうすると、歴史をわすれてしまう。せっかくの先人の努力がもったいないではないか。それに、本作は、カーペンターの作品の「続編」を意図した面もある。
◆しかし、そのためにこの新<The Thing>は、やや損をするかもしれない。旧作と比較されるからだ。比較してすぐに気づくのは、映像の綺麗さである。それは、この30年間に飛躍的に進んだCGIによる映像技術がある。だが、ほころびなくつくられた「怪物」は、その分、手作りのおどろおどろしさや胡散臭さが失われる。CGIの映像としてかなり「あたりまえ」の仕上げなので、この映画に「気持ちの悪さ」を感じることはできない。
◆いまではカーペンターの<The Thing>は、ホラーの名作の一つとしてしか見られないかもしれない。が、この映画は、70年代のアメリカで一般層のあいだにひろまったある種のラディカリズム(セックスやドラッグやフェミニズムや解放の思想など)が、レーガン政権とともにかき消されていく状況にぴったり拮抗していた。まわりがだんだん保守的になり、ラディカルな人間が排除されていくのだが、まるでそういう状況に合わせたかのようにひりまり始めるAIDS禍が、まさにこの映画で描かれる異星からの怪物が人間の体のなかに巣食ってしまうという事態に似ているので、社会的にもリアルさがあった。いまの状況は、80年代初頭とは大分違うので、その「続編」として機能するのはただのストーリだけである。
◆80年代の社会的雰囲気との関係について、わたしはかつて『シネマポリティカ』に所収の文章で書いたことがある。→http://cinemanote.jp/books/cinemapolitica/c-031.html
画皮 あやかしの恋 ★★★★★
■Hua pi/Painted Skin/2008/Gordon Chan
◆2008年公開の作品がようやく公開される。
◆中国の怪異譚『聊斎志異』は、怪奇と夢とホラーの宝庫である。その影響は、日本の『雨月物語』以後もはかりしれない。
◆『聊斎志異』のテーマを近代化すると、人格の転移や移譲である。本作は、CGIを多用することによって、人格の転移的な側面が前面に出た。
◆ジョウ・シュンが非常にいい。幸運なキャスティング。
◆メイキャップとCGI頼りだとしてもジョウ・シュンが素晴らしい。
◆難は、音楽。音採りはいいのだが、音楽が月並み。
「わたしの人生」我が命のタンゴ ★★★★★
■「わたし」の人生→「人生」を<みち>と読ませる。
◆キャスティングがうまい。認知症の父親で苦労する娘・秋吉久美子、お嬢様気質が抜けない老女の松原智恵子、アルゼンチンタンゴのプロ役の冴木杏奈、人情医師の小倉久寛などなどが手堅く演じる。
「前頭側頭型認知症」にかかる元教授(テレビのキャスターから大学教授へ)を演じる橋爪功は、軽く役をこなしているが、認知症の症状に滑りこむ微妙な過程がよく見えない。この病気自体がそういうものなのかもしれないが、若い女の脚を見て触ってしまうとき、まるで自動反応なのだ。
■粉川哲夫のシネマノート
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