評点:★★★★ 4/5
●よくわからない英語まがいのタイトルがついているが、原題の"safe house"とは、法的に「安全」ということになっている隠れ家のこと。この映画では、CAIが世界の各地にこういう施設を確保していることになっている。ここに登場するいくつかのセイフ・ハウスは、ありふれたマンションの一室のようにみえて、内部にはいくつも部屋があり、通信衛星と連結した装置まであるが、長期間にわたって使われない場合もある。それでも、最低限の職員が勤務し、本部の指令を待っている。
●話は、ケープタウンから始まる。サンドバッグでボクシングのトレーニングをしているライアン・レイノルズの姿が映り、やがて恋人らしい女(ノラ・アルネゼデール)とのありふれた日常のシーンになる。ここでは、彼がCIAの職員であることはわからない。彼女がパリに転勤になるが、いっしょに行けないのかと不満を言うが、この男は、はっきりした返事をしないのと、どこか自信のなさそうな感じを出しているので、ミスキャストじゃないかと思ったりする。しかし、それは、後半のための布石であることがだんだんわかってくる。レイノルズは、新米を演じているのである。
●彼ことマットがセイフ・ハウスに行くあたりから様子が変わる。彼はケープタウンの街なかにひそかにつくられたセイフ・ハウスの留守番的な役柄らしい。一見普通のドアにも暗証番号を入れる認証装置がある。冷蔵庫を開けると、食品といっしょに予備血液のパックなんかがちらりと見える。彼が、バージニア州のラングレーのCIA本部と連絡を取るあたりから、彼が何者であるかがはっきりする。
●デンゼル・ワシントンは、歳をとるにつれていい感じになってきた。彼が「正義感」を演じるのは最悪だ。本作では、「悪」と「善」の枠にははまらないキャラクターであるが、最後になって、彼が、世界の諜報組織の「腐敗」に憤りをいだいていたらしいことがわかるが、全然「善玉」ぶらないところがいい。
●『トレーニングデイ』のノートでも書いたことがあるが、ワシトンは、もともと「善」か「悪」かあいまいな役がうまいのだが、『トレーニングデイ』の場合のように、ほとんど「悪」に徹したほうが、いい演技をする。しかし、この俳優は、いつも、最後に、その「悪」すらも、実は深い「聖なる」意味があったのだといった方向でまとめられがちだ。「善悪」の区別など信じない『ザ・ウォーカー』の主人公も、最後は「聖者」のような境地に達する。
●『デンジャラス・ラン』の場合は、そういう「聖化」が抑えこまれていて、なかなかいい。
食のシーンはないが
●デンゼル・ワシントンが演じるトビン・フロストは、無類のワイン好きという設定。実にうまそうに飲む飲みっぷりは演技として悪くない。
●ワシントンが登場してすぐ、彼はとあるレストランに入る。個室にリアム・カニンガハムが演じる気難しい目付きの男アレックが待っていて、トビンのためにワインを用意している。「ペトリュスの1972年ものだね」とワシントンが言い、実にうれしそうな顔をする。Petrusの1972年ものなら、いま1本10万円はする。
●アレックは、英国のMI6の諜報員で、ここからドラマがサスペンスに加速する。彼がアレックから受け取ったカプセル(デジタル情報が入った記憶媒体)をめぐって、壮絶な闘いがはじまるのである。
●食はワインと冷蔵庫の本当に短いショットで済まされているように、セックスのシーンも1箇所しかない。それも、暗示程度である。だから、女たちの出番は少ないが、その分、彼女たちはいい演技をしている。
●ライアン・レイノルズが演じるマット・ウェストンの職業を知らないフランス人の恋人アナ・モローを演じるノラ・アルネゼデールはなかなかいい。事情がわかったとき、どうしていいのかわかなない追い詰められた表情とメイクが、説得力のあるシーンになっていた。駅頭のシーンである。
●CIAアフリカ支局長を演じるヴェラ・ファミーガは、色気を完全に抑え、ときには非情なことも眉ひとつ動かさずにやれる女を演じる。しかし、消え方はあっけない。
●デンゼル・ワシントンのトビン・フロストはスーパーマン的存在感をただよわすが、ライアン・レイノルズのマット・ウェストンは、最初、およそ頼りにならない感じで登場する。真面目であることは間違いないが、単なる真面目さとは違う。見ているうちに味がわかってくる男。
●CIAの本部副部長を演じるサム・シェパードは、わりあいこれまでの演技のパターンをくりかえしている。
●主任情報工作員を演じるブレンダン・グリーソンは、マットをサポートしてくれる上司だが、最後になるまでこの男の本性はわかりにくい。寝技ができる俳優を据えた。
●MI6の諜報員を演じるリアム・カニンガハムは、トビンとながいつきあいである感じと、やばい世界をわたってきたという感じを一瞬の表情と目付きで表現できる俳優だ。
●ほぼ全編にわたって、トビンとマットを危険に追い込む謎の男――一見するとアラブ系――を演じるファレス・ファレスがなかなかいい。顔が、この手の殺し屋風のパターンにはまっている感じもするが、それは、与えられた条件しだいだろう。ベイルート生まれのスウェーデン国籍だとのこと。
●タオルを顔にかけて水をかける拷問――単純で最も効果があると言われる――のシーンは、『4デイズ』の拷問シーンの雰囲気と似たところがある。
■粉川哲夫のシネマノート
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