声をかくす人

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声をかくす人評点:★★★★★リンカーン暗殺裁判歴史の謎戦時に法は沈黙するキャスティングHOME: 粉川哲夫のシネマノート
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声をかくす人

■The Conspirator/2010/Robert Redford

◆アメリカでは当たらなかったが、それは、いまのアメリカには耳の痛いところを突いているからである。ロバート・レッドフォードは、一貫して、国家が市民の権利を奪うことに異議を申し立てる。しかし、この映画は、決して主義主張を声高に叫ぶような映画にはなっていない。主張はあるが、それは低声で語られ、むしろ、デテールから現実を考え直させる要素を持っている。

◆何人も「美女」が登場し、主役のフレデリック・エイキン(ジェイムズ・マカヴォイ)も「美男」だが、ハリウッド映画特有のラブロマンスは登場しない。「暗殺犯に密談の場所を貸した」下宿屋の女主人メアリー・サラット(ロビン・ライト)、その娘アンナ(エヴァン・レイチェル・ウッド)とそんな関係になるのではないかと思わせるようなところもないではないが、そんなパターンには陥らない。が、性愛ではない愛がほのかに生まれる瞬間は随所にある。

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歴史の謎

◆アメリカでは、ケネディ兄弟の暗殺にしても、911にしても、明明白白に事件が解明されることはない。それは、アメリカが謎を隠す国だからではなくて、明らかになるレベルが高いためにその分謎が残るのだとわたしに説明したアメリカ人がいた。つまり、普通の国なら隠し、適当なストーリが作られて(たとえば織田信長は本能寺で殺された云々)完結するのに対して、アメリカでは事実が公開されるために、謎を生むのだという。事実は、見方によってはいくらでも解釈が可能だ。だからこそ、映画や小説は、そうした解釈を提供する使命がある。

◆この映画だけでも、リンカーンの暗殺が単に反対派によるものではなかったらしいことが推察できる。メアリー・サラットによると、最初の計画は大統領誘拐だったという。しかし、それが暗殺になった。最初から、暗殺→犯人の逮捕→南軍支持者の処刑ということが計画されていたのかもしれない。あるいは、誘拐計画の情報をつかんだ反リンカーン派が、リンカーンを亡き者にするためにそれを暗殺計画に利用したのかもしれない。

◆リンカーンの暗殺に関しては、詳細なデータが公開されている。映画はそれを参照し、「事実」を忠実にたどろうとしている。しかし、劇場にいるリンカーンの暗殺直前のシーンのなかにひとつわかりにくいのがある。一人の男がベッドの横たわる男(頭に包帯をし、喉にサポータを着けている)を襲って、ナイフでめった刺しにするシーンだ。リンカーンの暗殺に平行してリンカーン派の要人が暗殺されるのを映しているということはわかっても、この人物がなぜ怪我をしているのかがわからなかった。この人物は、調べてみると、国務長官のWilliam H. Sewardで、包帯は、少しまえ馬車の事故で怪我をしたのだった。映画ではめった刺しにされたが、からくも生き延びた。