2015年 第87回 アカデミー賞の顛末

2014年 第86回 アカデミー賞予測


2013年第85回 オスカー・アカデミー賞予測と結果

粉川哲夫の「シネマノート」

●最終結果
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2013年第85回
オスカー・アカデミー賞予測と結果作品賞愛、アムールアルゴハッシュパピー バスタブ島の少女ジャンゴ 繋がれざる者レ・ミゼラブルライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン世界にひとつのプレイブックゼロ・ダーク・サーティ主演男優賞ブラッドリー・クーパーダニエル・デイ=ルイスヒュー・ジャックマンホアキン・フェニックスデンゼル・ワシントン主演女優賞ジェシカ・チャステインジェニファー・ローレンスエマニュエル・リヴァクゥヴェンジャネ・ウォレスナオミ・ワッツ助演男優賞アラン・アーキンロバート・デ・ニーロフィリップ・シーモア・ホフマントミー・リー・ジョーンズクリストフ・ヴァルツ助演女優賞エイミー・アダムスサリー・フィールドアン・ハサウェイヘレン・ハントジャッキー・ウィーヴァー監督賞ミヒャエル・ハネケアン・リーデヴィッド・O・ラッセルスティーヴン・スピルバーグベン・ザイトリン脚本賞愛、アムールジャンゴ 繋がれざる者フライトムーンライズ・キングダムゼロ・ダーク・サーティ脚色賞アルゴハッシュパピー バスタブ島の少女ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン世界にひとつのプレイブック長編アニメ映画賞メリダとおそろしの森フランケンウィニーパラノーマン ブライス・ホローの謎The Pirates! In an Adventure with Scient ...シュガー・ラッシュ外国映画賞愛、アムール(オーストリア)魔女と呼ばれた少女(カナダ)NO(チリ)ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮(デンマーク)コンティキ(ノルウェイ)撮影賞アンナ・カレーニナジャンゴ  繋がれざる者ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン007/スカイフォール編集賞アルゴライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン世界にひとつのプレイブックゼロ・ダーク・サーティ美術賞アンナ・カレーニナホビット 思いがけない冒険レ・ミゼラブルライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン衣装デザイン賞アンナ・カレーニナレ・ミゼラブルリンカーン白雪姫と鏡の女王スノーホワイトメイクアップ賞ヒッチコックホビット 思いがけない冒険レ・ミゼラブル作曲賞アンナ・カレーニナアルゴライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン007/スカイフォール歌曲賞Chasing Ice (2012): J. Ralph("Before My  ...レ・ミゼラブル:Alain Boublil, Claude-Michel Sch ...ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日:Mychael Danna, Bom ...007/スカイフォール:Adele, Paul Epworth("Skyfall ...テッド:Walter Murphy, Seth MacFarlane("Ever ...録音賞アルゴレ・ミゼラブルライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日リンカーン007/スカイフォール音響編集賞アルゴジャンゴ 繋がれざる者ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日007/スカイフォールゼロ・ダーク・サーティ視覚効果賞アベンジャーズホビット 思いがけない冒険ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日プロメテウススノーホワイト長編ドキュメンタリー映画賞壊された5つのカメラThe Gatekeepers (2012)How to Survive a Plague (2012)The Invisible War (2012)シュガーマン 奇跡に愛された男短編ドキュメンタリー映画賞Inocente (2012)Kings Point (2012)Mondays at Racine (2012)Open Heart (2013)Redemption (2012/V)短編アニメ賞Adam and Dog (2011): Minkyu LeeFresh Guacamole (2012): PESHead Over Heels (2012): Timothy Reckart, ...Paperman (2012): John KahrsThe Simpsons: The Longest Daycare (2012) ...短編実写映画賞Asad (2012): Bryan Buckley, Mino Jarjour ...Buzkashi Boys (2012): Sam French, Ariel  ...Curfew(2012/I): Shawn ChristensenDood van een Schaduw (2012): Tom Van Ave ...Henry (2011/III): Yan England
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2013年第85回

オスカー・アカデミー賞予測と結果

【総評/2013-02-25 6am JST】

●各欄で理由を詳細に書いたが、あと4時間でアカデミー賞の発表が始まる。以下は、いま現在の〝一般的予測〟とわたしならば選ぶ〝希望的選択〟である。

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 【一般的予測】

 作品賞:リンカーン  またはアルゴ

 主演男優賞:ダニエル・デイ=ルイス

 主演女優賞:ジェニファー・ローレンス

 助演男優賞:クリストフ・ヴァルツ     またはトミー・リー・ジョーンズ

 助演女優賞:アン・ハサウェイ

 監督賞:スティーヴン・シュピルバーグ

 脚本賞:ジャンゴ 繋がれざる者

 脚色賞:アルゴ

 長編アニメ賞:メリダとおそろしの森     またはシュガー・ラッシュ

 外国映画賞:愛、アムール

 撮影賞:ライフ・オブ・パイ   トラと漂流した227日

 編集賞:アルゴ

 美術賞:アンナ・カレーニナ

 衣装デザイン賞:アンナ・カレーニナ

 メイクアップ賞:レ・ミゼラブル

 作曲賞:リンカーン

 歌曲賞:007/スカイフォール

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 【希望的選択】

 作品賞:ハッシュパピー バスタブ島の少女

 主演男優賞:デンゼル・ワシントン

 主演女優賞:ジェシカ・チャスティン

 助演男優賞:トミー・リー・ジョーンズ

 助演女優賞:ヘレン・ハント

 監督賞:ベン・ザイトリン

 脚本賞:ハッシュパピー バスタブ島の少女

 脚色賞:アルゴ

 長編アニメ賞:パラノーマン     ブライス・ホローの謎

 外国映画賞:No

 撮影賞:007/スカイフォール

 編集賞:ゼロ・ダーク・サーテ

 美術賞:アンナ・カレーニナ

 衣装デザイン賞:白雪姫と鏡の女王

 メイクアップ賞:レ・ミゼラブル

 作曲賞:アルゴ

 歌曲賞:007/スカイフォール

*

【総評/2013-02-01現在】

このサイトは「アカデミー賞予測」と題されているが、実際の予測を目的にはしていない。それよりも、実際にはこうなるだろうが、ひょっとしてこうなるかもしれない、こうなってほしいといった可能性をあれやこれや推測しながら、この1年間の(日本からすれば)外国映画について考えようというわけだ。実際の予測ということなら、以下の結果になる可能性が大である。

*

 作品賞:リンカーン

 主演男優賞:ダニエル・デイ=ルイス

 主演女優賞:ジェニファー・ローレンス

 助演男優賞:トミー・リー・ジョーンズ

 助演女優賞:アン・ハサウェイ

 監督賞:スティーヴン・スピルバーグ

 脚本賞:ゼロ・ダーク・サーティ

 脚色賞:世界にひとつのプレイブック

 長編アニメ賞:メリダとおそろしの森

 外国映画賞:愛、アムール

*

しかし、これではつまらないと思うから、別の予測をたてるのである。とりわけ、作品賞、主演男優賞、助演男優賞を『リンカーン』が独占してしまうなどというのは、あまりに正統すぎて夢がないではないか。以下は、わたしの希望的予測である。

*

 作品賞:ゼロ・ダーク・サーティ

 主演男優賞:デンゼル・ワシントン

 主演女優賞:ジェシカ・チャスティン

 助演男優賞:トミー・リー・ジョーンズ

 助演女優賞:ヘレン・ハント

 監督賞:ミヒャエル・ハネケ

 脚本賞:フライト

 脚色賞:アルゴ

 長編アニメ賞:フランケヌィニー

 外国映画賞:愛、アムール

*

理由は、各項を参照されたい。以後、気が変わったら、書き込みをする。

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作品賞

【2013/2/24】

◆二度見た作品は多くはないが、すべての候補作について、記憶と想像の意識のなかで反復している。〝大方の意識〟というやつを考えると、『リンカーン』の受賞はかたそうだが、<ひょっとして>と思われる作品の序列がわたしの意識のなかで変わりつつある。

◆わたしの意識のなかでは、『アルゴ』、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』、『ゼロ・ダーク・サーティ』、さらには、『ゼロ・ダーク・サーティ』の評価さえも低下してきている。がぜん上がったのは、『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』である。もし、<前例を破る>という方向に振れたら、この作品が受賞する可能性もあるかもしれない。それはとにかく、わたしが受賞してほしいのは、『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』である。

◆わたしが、一番がっかりするのは、『レ・ミゼラブル』の受賞である。それについては、最初から評価が変わらない。こんな作品を高く評価するひとは、ミュージカルの存在をバカにしている。『レ・ミゼラブル』のミュージカルの舞台の存在を無視しなければ、ミュージカルにあやかったこの映画版は作れなかった。

【2013/1/20】

◆もし『リンカーン』が受賞するとすれば、今年の選考は、あまりに安易な印象をあたえる。〝立派〟な作品だが、映画としての冒険性はない。『レ・ミゼラブル』ならば、その評価は完全に作品の質とは関係ないと判断せざるをえない。

◆『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』、『ジャンゴ 繋がれざる者』、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』の3作に共通するのは、ある種の物語性である。『ジャンゴ 繋がれざる者』と『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』には、現状批判的な政治的寓意があるが、前者はより個人的な特異性のほうに重心を置き、後者は政治的アイロニーを強調する。そうしたポイントがはっきりしているという点では、『ジャンゴ 繋がれざる者』だろう。『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』は、リポーターが中年のパイ氏から話を聞くシーンとドラマティックな物語の〝再現〟映像とが交互にくりかえし提示されるので、その物語性の質は高くはない。が、映像のすばらしさがそれを忘れさせる。わたしは、『ジャンゴ 繋がれざる者』の物語性を評価したいが、アカデミー賞の好みとしては、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』が選ばれそうである。

◆『アルゴ』と『ゼロ・ダーク・サーティ』は、参照系がはっきりしている政治的現実をあつかっている。どちらも、映画的な完成度も高いが、表現と素材の新奇さという点では、『ゼロ・ダーク・サーティ』が前者を圧する。もし、難色を示す選考者がいるとすれば、拷問シーンの多い後者は分が悪い。

◆精神病理的な屈折を描いている点で、『愛、アムール』と『世界にひとつのプレイブック』には共通性がある。その表現の強度は、前者は後者を圧する。そもそも、後者は、双極性障害の登場人物をあつかいながらも、その問題に深入りするつもりはない。むしろ、そういう登場人物と環境を使ったロマンティック・コメディである。

◆シリアスさの上位3作:(1)『愛、アムール』(2)『ゼロ・ダーク・サーティ』(3)『リンカーン

◆教育度の上位3作:(1)『リンカーン』(2)『ジャンゴ 繋がれざる者』(3)『アルゴ

◆娯楽性の上位3作:(1)『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(2)『レ・ミゼラブル』(3)『ジャンゴ 繋がれざる者

◆映像依存の上位3作:(1)『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(2)『レ・ミゼラブル』(3)『ゼロ・ダーク・サーティ

◆演技の突出度の上位3作:(1)『愛、アムール』(2)『ゼロ・ダーク・サーティ』(3)『世界にひとつのプレイブック

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愛、アムール

■Amour/2012/Michael Haneke(ミヒャエル・ハネケ)

◆ミハエル・ハネケの『愛、アムール』が作品賞にノミネイトされたのは意外であるが、アカデミー賞の歴史のなかでも、外国映画が作品賞にノミネイトされたのは初めてのことだ(むろん、それは嘘【注】だが、〝アメリカ〟映画でかためられなかったところが面白い)。これは、この映画の質の高さへの評価とともに、病院頼りの老後生活に疑問を感じ始めているアメリカ人の共感を呼んだことも遠因になっているはずだ。なお、内容的には、この映画のような話は日本では決してめずらしくはない。いずれにせよ、本作は、作品賞よりも外国映画賞のほうで賞を取るべきだろう。

【注】本当の話は、外国映画を多く配給・宣伝した映画宣伝プロデューサーの竹内伸治さんによると、作品賞やその他部門賞へのノミネートの資格は、ロサンジェルスで年内に少なくとも1週間以上公開した作品が対象。国籍は問われず、1週間劇場公開すれば、どの作品にも資格がある。劇場公開より先にTVで放映した時のみ、その資格は無くなる。外国語映画賞は、アカデミー協会が各国を代表する映画団体に委嘱して代表作品を決めてもらい、それらの作品群を映画芸術科学アカデミーが厳正に審査し(国籍が正しいのか?       ふさわしいのか?など)その中からアカデミー協会員が投票して選んだ映画に授賞させるというシステム。端から、立ち位置が全く違うので、各国の映画団体が選ばなかった作品が作品賞その他の部門にノミネートされるケース――例えば、2012年の日本代表作品『かぞくのくに』が今年アメリカで公開された場合には、翌年のアカデミー賞(つまり今年度、2013年度)の権利を得るので、作品賞や主演女優賞部門の候補になり得る、とのこと。

【2013/1/15-16】

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ハッシュパピー バスタブ島の少女

■Beasts of the Southern Wild/2012/Benh Zeitlin(ベン・ザイトリン)

◆ミシシッピーのガルフコースト近くの〝ゼロメートル〟地帯なのだろうか、大雨が降ればすぐに家(といっても掘立小屋)が浸水してしまうところに6歳の少女と病気の父親が住んでいる。映画は、少女の目から描かれているから、すべてはシュールな印象をあたえる。その映像と音は新鮮であり、ときには不気味である。父親は、ほぼ死にかかっているが、娘とのやっとの関係(が、そこには感傷をねだる甘さはない)は続いている。父親は、この劣悪な環境を生き抜く意志を娘に伝えているかに見えるところもある。こういう映画は、2005年のハリケーン・カトリーナ以来、アメリカで頻発する(地震も含む)新たな環境異変や決してよくはならない弱者の生活への意識がモチーフになっているはずだ。それを嘆くのではなく、子どものたくましさや楽天性にゆだねる感覚がこの映画の面白さだろう。

◆候補にあがっている他の作品と同じ基準で評価するのがむずかしい作品だ。わたしは嫌いではないが、アカデミー賞のこれまでのパターンからすると、作品賞は無理だろう。

【2013/1/15】

◆「作品賞は無理だろう」と書いてからひと月以上たって、この映画を再見することが出来た。大画面とチャンネル数の多い音響装置で見ると、この映画の奥行の深さがわかる。これは、傑作である。自然の過酷さ、国家や組織のおざなりな対応、親と子、生きるということ、仲間たち・・・人間存在の基本が、子供の想う神話的夢想と鋭いカメラの眼=思考とがあいまって、映画的・現実的なリアリティを生み出している。しかも、これほど劣悪な生活のなかにも必ずある歓びや愉しさ(あえて旧字を使いたい)を描くことをわすれない。音と音楽の使い方もすばらしい。

【2013/2/24】

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主演女優賞

【2013/2/24】

◆『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』のクゥヴェンジャネ・ウォレスについては、下の評価は撤回したい。この作品を大きな画面で見て、思ったが、このまったくの新人がアップの画面で見せる演技/地といった区別をこえる表情と目はすばらしい。職業俳優の演技とはまったく異なる〝演技〟をみせたという点で、(候補に選んだ以上)高い評価をあたえるべきだと思った。が、そうなると、他の候補者の演技がすべて否定されてしまうことにもなりかねず、クゥヴェンジャネ・ウォレスを受賞させるのは、アカデミーとしても冒険すぎるだろう。その意味で、依然、ジェシカ・チャスティンの受賞はかたそうだ。しかし、ウォレスの演技を評価して候補にした審査者がいるとしたら、演技の評価の幅が非常に柔軟になっているということだから、新鮮さということでジェニファー・ローレンスの線も考えられる。

【2013/1/20】

◆『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャスティン、『世界にひとつのプレイブック』のジェニファー・ローレンス、『愛、アムール』のエマニュエル・リヴァの3人は、存在感や演技力の点では、互角である。

◆『ハッシュパピー ~バスタブ島の少女~』のクゥヴェンジャネ・ウォレスは、映画のなかではほとんどしゃべらない。声はあとから入れたナレーションである。その意味で、彼女の演技力の全体を見るには条件が不足しすぎている。

◆津波の恐ろしさと悲惨な映像が猛烈にリアルに表現されている『インポッシブル』(ホアン・アントニオ・バヨナJuan Antonio Bayona監督、第25回東京国際映画祭WORLD CINEMA部門で公開)でのナオミ・ワッツはかなりいい。ちなみに、彼女の役の長男を演じるトム・ホランドは、もしクゥヴェンジャネ・ウォレスが主演女優賞にノミネートされるのなら、助演男優賞にノミネートされてもおかしくないほど感動的な演技を見せる。ただ、この映画にはあと一つ何かがほしいと思わせる部分があり、それがあれば、ナオミ・ワッツの演技ももっと光ったはずだ。

◆演技の質上位3人:(1)エマニュエル・リヴァ(2)ジェシカ・チャスティン(3)ジェニファー・ローレンス

◆自己の演技の更新度上位3人:(1)ジェニファー・ローレンス(2)ジェシカ・チャスティン(3)エマニュエル・リヴァ

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助演女優賞

【2013/1/20】

◆『ザ・マスター』にエイミー・アダムス、『リンカーン』のサリー・フィールド、『世界でひとつのプレイブック』のジャッキー・ウィーヴァーは、みな余裕で役を演じているように見える。うまいけれども、驚きがない。その点で、『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイは、わたしには、ミュージカル版から見れば凡庸にしか見えない他の出演者(よかったのはエディ・レッドメインぐらいか)のなかで、ひと味違う演技と歌唱力を見せていた。しかし、『The Sessions』で〝セクシャル・サロゲイト〟(簡単に言えば〝セックス・セラピスト〟)を演じたヘレン・ハントの演技は、他の5人とは質が違う。自分では身動きのできない身障者の男性(ジョン・ホークス)に初めての性体験と新たな身体意識をあたえ、みづからも彼に惹かれていくが、安いラブストーリーの愛とは全く異質の情感をただよわせるヘレン・ハントの演技はすばらしい。彼女のこれまでの役のなかでも新鮮であり、ユニークな成果を達成した。これまでの蓄積をさらに一歩前進させ、かつユニークな表現を見せたという点を評価するなら、ヘレン・ハントが受賞すべきである。

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監督賞

【2013/1/20】

◆演出力という点では、『愛、アムール』のミヒャエル・ハネケが群を抜いている。彼の他の作品とくらべても隙がない。施設に頼らずに妻を介護し、衰え行く姿を見て、殺してしまう(そして自分もどこかで自死したのだろう)という形は、日本ではそれほど(数の問題としてではなく)センセイショナルではない。が、これは西欧社会ではかなりショッキングらしい。この点で、この映画は日本で想像される以上に高く評価される可能性がある。

◆適度のシリアスさと手堅く、キメの細かい演出、ゆたかなサービス精神という点では、『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』のアン・リーだろう。

◆『リンカーン』のスティーヴェン・スピルバーグも、『世界にひとつのプレイブック』のデヴィッド・O・ラッセルも、映画からは監督(演出家)の顔が露骨に突出することはない。それも余裕であり、スピルバーグの場合は特に大家の奥ゆかしさなのだろう。その点、『ハッシュパピー    バスタブ島の少女』のベン・ザイトリンは、画面から彼の顔がぎらぎらと見える感じだ。しかし、作品に身をひそめながら隠然とその存在感をみなぎらせるミヒャエル・ハネケと、せいいっぱい働きまわっている感じのアン・リーの2人が優先されるのはいたしかたない。

◆精神性に軸足が置かれれば、ミヒャエル・ハネケ、商業性なら、のアン・リーというところか?

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脚色賞

【2013/02/24】

◆脚色は、原作と比較しなければ、その凄さや上手さは判定できないが、演出と演技に対してどの程度の重みを持ったかを想像することによって、脚色の重みを推測することはできる。

◆『アルゴ』は、事実があり、資料があった。演出も演技もしっかりしていた。だから、ある意味、脚色がメモ書きでも、出来ないことはなかった。それは、わたしの錯覚で、演出と演技は、脚本を忠実に追った結果であったということもありえる。まだ2作目の監督ベン・アフレックは、脚本に〝素直〟であることですぐれた成果を上げるひとなのかもしれない。

◆『ハッシュパピー バスタブ島の少女』は、脚色がどうであれ、ベン・ザイトリンの演出でしか出来なかった映画である。だから、彼は、監督賞の候補にあがった。

◆『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』も、アン・リーの演出と特殊効果の産物であって、それらが脚色を上回っている。

◆『リンカーン』は、脚色(トニー・クシュナー)がどうであっても、スピルバーグは同じ結果を得たような気がする。

◆『世界にひとつのプレイブック』は、ある意味、演出や演技よりも脚本のパワーが強いような気がする。

◆以上が正しい推測だとすると、『ハッシュパピー   バスタブ島の少女』、『ライフ・オブ・パイ   トラと漂流した227日』、『リンカーン』は落ち、『世界にひとつのプレイブック』と『アルゴ』が競合することになる。が、そうなれば、『アルゴ』のほうがはるかに作品としての質が高いから、賞は、『アルゴ』に行くだろう。

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外国映画賞

【2013/02/24】

◆『愛、アムール』が圧倒的に支持されているが、映像スケールの大きさと実話にもとづくドラマの感動性という点では『コン・ティキ』にも受賞の余地はある。『魔女と呼ばれた少女』のクールなアイロニー、『ロイヤル・アフェアー   愛と欲望の王宮』の(デンマークの外で)は知られざる出来事があばかれる面白さも捨てがたい。

◆『コン・ティキ』は、ノルウェイの人類学者トール・ヘイエルダールの『コン・ティキ号探検記』にもとづく映画で、監督は、「ナチスが最も恐れた男」(08)でもタグを組んだエスペン・サンバルグとヨアキム・レニング。ペルーでインカ文明の調査をしていたヘイエルダールが、南太平洋のポリネシア文明はペルーから舟で渡来したのではないかという仮説を立て、イカダを組んで仲間と102日間の航海ののち、それを立証する。海のシーンでは「ライフ・オブ・パイ」に劣らぬほど美しい個所があり、外国映画賞5作のなかでは一番夢多く、癒される作品だ。映画でも使われているが、ヘイエルダールは、その記録を16ミリフィルムに収めており、それは、1950年に発表され、第24回のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。〝夢多い未来〟という観念がまだ生きていれば、わずかに受賞の可能性もある。

◆『No』は、民政を文字通り殺戮の暴力でなぎ倒したチリのピノチェット軍事政権への批判を忘れないパブロ・ララインが絡め手からチリ事件とその余波を追った『Tony Manero』、『Post Mortem』と続くとどめの作品で、アメリカ的なCMの手法を逆手に取り、選挙でピノチェットを倒した実際の話を映画化したもの。映像をアナログ時代のテレビの画質にして、1988年当時のテレビ映像やニュース映像をシームレスはさみこみ、ガエル・ガルシア・ベルナルのような有名俳優を使いながらも、ドキュメンタリーに見えるような体裁にしている。この作品を他の外国映画賞の作品と同列に置いて評価すると、その映像が〝わびしく〟見えて損をするかもしれない。その〝わびしさ〟自体が、いやましにどぎつくなる既存メディアの〝生々しさ〟への強烈な批判なのだが、アカデミー賞の基準ではフォローされないかもしれない。

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作曲賞

【2013/02/24】

◆もっと早くに書けばよかったが、発表まぎわの土壇場なので、YouTubeの検索枠に "oscar 2013 best original scores"と入れてみると、OSCARS 2012 - BEST SCORE NOMINEESというサイトがみつかり、オリジナル・スコア賞に挙がっている曲をインスタントに聴けた。

◆そのなかで、『リンカーン』が、アメリカ合衆国の多民族性を意識したさまざまなリズムやエスニックカルチャーの響きを意識的に取り入れているのが、面白かった。『ライフ・オブ・パイ   トラと漂流した227日』の曲も複合的な奥行のある作品だったが、ジョン・ウィリアムズの『リンカーン』のための曲のほうが上だった。わたしは、ジョン・ウィリアムズには飽き飽きで、『アルゴ』のアレクサンドル・デスプラットの方が好きだが、今回は、ジョン・ウリアムズに歩があるような気がする。

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視覚効果賞

【2013/02/24】

◆おおかたの予想は『ライフ・オブ・パイ  トラと漂流した227日』だし、たしかによくできてはいる。が、見ていて、その映像のユニークさと作りの巧みさで舌を巻くのは、『スノーホワイト』に登場する変身のシーンである。なかでも、邪悪な女王ラヴェンナ( シャーリーズ・セロン)が雪の降りしきる林のなかでウィリアム王子( サム・クラフリン)に化け、スノーホワイト( クリステン・スチュワート)をたぶらかし、それに気づいた猟師エリック( クリス・ヘムズワース)が駆けつけ、斧をふるうと、すでに〝ラヴェンナ〟の本性をあらわにしていた彼女が、粉々にくだけ、その破片が黒いカラスに変身するシーンはすばらしい。しかし、こうした変身は、既存のCGテクニックを俳優の演技ともども巧みに駆使した結果であって、まったく新しいというわけでない。だから、映像のイノヴェーションという観点からの評価では、『ライフ・オブ・パイ  トラと漂流した227日』に負けるかもしれない。

◆『ホビット 思いがけない冒険』の、終盤のシーンは、その点で、CGテクニック的にも相当な蓄積が投入されている。アゾグが率いるオークたちに追われ、絶壁の大木の上にのがれたドワーフたちが見せる奇計(灰色のダガンダルフが松ぼっくりのようなものに火を点けて投げるなど)、その後の壮絶な戦いののち、危機に陥ったドワーフを救う大鷲たち、それぞれにドワーフを爪で支え、岩のうえに救い出す。このヴィジュアリゼイションはハンパではない。ここは、ピーター・ジャクソンのオタク的入れ込み方が嫌いなでも映像的に感動しないわけにはいかないだろう。しかし、受賞の是非となると、話は別で、『ライフ・オブ・パイ  トラと漂流した227日』のほうが一般性があるだろう。また、そのつ映像の革新を試みているにもかかわらず、シリーズの〝慣れ〟で見られてしまうのも、ハンデとなる。

◆『プロメテウス』にも美しいシーンがあったが、マイケル・ファスベンダーが『危険なメソッド』のときよりはるかにセクシーな演技をしていて、ヴィジュアル・エフェクトよりも演技の面が前面に出る作品だった。ヴィジュアリゼイションという点では、上の2作にくらべてスケールが小さい。

◆『アベンジャーズ』も、見せ場はドラマやキャラクター(マーヴェル・コミックの有名キャラクターが総出演)であって、ヴィジュアリゼイションはそれらを助けるためのものになっている。映画としてはそれがマットウであるわけだが、映像表現の目新しさ、ユニークさでは、上の2作に道を譲らざるをえないだろう。

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長編ドキュメンタリー映画賞

【2013/02/24】

◆『壊された5つのカメラ』は、NHKのBSでも放映された。パレスチナ・ヨルダン川西岸のビリン村で一人の男が、イスラエル軍の非道な暴力行為と侵略を、負傷も恐れずビデオカメラで撮影し続ける。それは、村人の抵抗運動の一環であり、彼は弾丸の攻撃を受けて、カメラを次々に失うがめげない。ここには、非暴力の抵抗運動の優れた実例がある。

◆『The Gatekeepers』は、アーマンとモサドにならぶ3大秘密警察の1つであるシン・ベット(Shin Bet)がウエスト・バンクでやってきたこと(これまで国家機密とされた)のインタヴュー証言をまとめたドキュメンタリーとのことだが、残念ながら見る機会がなかった。

◆『How to survive a Plague』は、ニューヨークに焦点をすえてエイズ・アクティヴィズムの歴史を1980年代から今日まで追った通史である。市や国家とのやりとり、多くの集会の映像やアクティヴィストの発言が収録されている。

◆『The Invisible War』は、第2次大戦以後に動員された女性兵士・軍人が男社会に投げ込まれるなかでレイプやハラスメントを受けた近年の証言を集め、その女性兵士・軍人たちの現在までの後遺症を負う貴重なドキュメントである。裁判もあったが、当然、軍はそのことを公にはせずに来た。

◆『シュガーマン 奇跡に愛された男』が、前評判で抜群なのは、わからないでもない。アメリカでは1970年代にたった2枚のレコードで知られたが、その後忽然とその生存すらわからなくなってしまった男、ロドリゲス(本名シクスト・ディアス・ロドリゲス)の感動的なドキュメンタリー。この2枚のレコードは、まだ黒人差別の残っていた南アにもちこまれ、差別反対の主として白人たちの反対運動の心の支えとなり、プレスリーやローリング・ストーンズやビートルズ以上のビッグネームになるというのがまず感動的な話。が、50万枚以上売れたロドリゲスの行方は洋として不明。そこに2人のファン(一人はレコード店を経営し、ロドリゲスのレコードを売った)が調査を始める。しばらくして、ウェブサイトに載せた情報に反応がある。ロドリゲスの娘からだった。彼女によれば、彼は生きており、肉体労働で生計を立てているという。そして、急速に、ロドリゲスを南ア(すでに差別は廃止されている)に招待する企画が持ち上がる。そのプロセス自体が感動的だが、1998年に南アに招待されたロドリゲスが、彼が予想もしなかった熱狂的な大観衆のまえで、まったく動じることなく往年のオーラをただよわせながら〝シュガーマン〟を歌ってしまうのを目の当たりにするのは感動に涙する。ちなにみ、彼は1942年生まれであり、70歳をこえたいまもライブコンサートを続けている。